人魚[X]は林に揺蕩う

うるかの海外留学が決まってから数か月。

川瀬あゆ子は親友が海外に行くという事実を受け止めながらも、

一抹の寂しさを感じていた。

中学の頃から一緒で、高校もうるかが行くと言ったから一ノ瀬学園に

進学した。

 

(それにしても、突然すぎだろ……)

 

海外に行けばなかなか会えなくなる。それがあゆ子の心に影を落としていた。

それを思うと切なくて、ついいつもの癖でプールに向かおうとしたその時、

視界に見慣れた顔が映った。

 

「あれ? 智波ちゃんの友達の……川瀬さんだっけ」

「小林……あんた、何でここに……?」

「いや、図書室に借りてた本を返そうと思って……」

「ふーん、そう。でも図書室は今来た道を戻った先だけど?」

「あ、あれ? そうだったっけ……?」

 

小林陽真。あゆ子の親友の彼氏だ。

その彼が、図書室とは真逆の廊下に立っていた。

しかも、あからさまに様子がおかしい。

 

(何で智波と一緒じゃないんだよ……? しかもこいつとは話が合わねぇ……)

 

「まぁ、図書室に行くならこの廊下を戻りな。私はプールに行くから。じゃあな」

 

歩き出したその時、陽真があゆ子の手を掴んだ。

 

「な、何だよ……?」

「もしかして川瀬さんも智波ちゃんみたいに、何か悩んでることあるんじゃない?」

「え……べ、別に何でもねーよ。悩んでもねーし、私は平気だよ」

 

陽真には何か、苦手な雰囲気を感じていた。

何か、見透かされているような気がして、入学当初から苦手だった。

 

「本当に? 悩みがあるなら、俺に相談してくれていいよ」

「バカ、お前には智波が居るだろ。そういうの、浮気って言うんじゃねーのかよ」

「悩み聞くくらいで智波ちゃんは怒ったりしないよ。この後公園にでも行かない?」

「…………」

 

少し悩んだが、好意を無下に断るのも悪い気がして、仕方なく頷いた。

 

そして二人は、公園で缶コーヒーを買い、陽真に相談に乗ってもらうことに

なった。うるかの海外留学のこと、水泳のためとは言え離れ離れになって

しまうと会い辛くなることを打ち明けていると、ふと陽真が顔を近づけてきた。

夕暮れ時の、公園で。

親友の彼氏にキスをされた。あゆ子は智波に悪いとは思いつつ、目を閉じた。

ある秋の日の、出来事だった。